コガレル ~恋する遺伝子~


 いたたまれなさに、その場を逃げ出して後を追った。

「専務!」
「健吾」

 専務は声をひそめた、と同時に腰を屈めた。
 聞き取るために、必然的に私も屈んでしまう。

「私の名前は健吾だ。そう呼ぶように。それから、」

 玄関で靴を履く専務に、条件反射でそこにあった靴ベラを手渡ししてしまう。

「家政婦で雇われたことは内緒に。聞かれたら婚約者で花嫁修行と言うように、いいね?」

「いいえ、それは、」

 専務は、すかさず私の手に靴ベラを戻すと、
「行ってくる」そう言って出かけてしまった。


「え!えぇぇ…」

 パタンと閉じるドア、その場に一人立ち尽くした。


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