コガレル ~恋する遺伝子~


 思い浮かぶ限りを引き継いでみたら、契約社員に与えられた業務は難しいものじゃなかった。
 綾さんに教わった仕事。
 その内容も綾さんとほぼ共通して認識できてた。

 定時はまだ先だけど、切りが良いところで帰宅していいと杉崎課長に言われた。
 タイムカードも定刻に押してくれると言う。

 気を使われてるのが分かって、心苦しかった。
 同時に、律義に会社に尽くす必要がないことも悟ってしまった…
 もう私の居場所はない。

 デスクとロッカーの荷物を整理して課長の前に立つと、眉間にシワを寄せて何とも言えない表情。

「お疲れ。葉山、もし良ければ…」

 まだ何か言いたそうな顔、でも「いや、いいんだ」続く言葉はなかった。

 仕事は計算高く、指示も的確、センスもいい。
 部下からの信頼は厚い。
 三課の雰囲気が良いのはきっと、課長が日々上手くまとめ上げているからだと思う。

『正社員目指せよ』

 そう、度々発破をかけられたのに期待に応えられなかったのが申し訳ない。

「お世話になりました」

 不可抗力な退職を課長が少しでも気に病むことがないように、最後は笑って挨拶をした。
 課の皆にも挨拶すると通い慣れたビルを後にした。

 終わりは突然で、案外あっけないものだった。

 一度立ち止まって振り返ると、ビルの上空一体が黒く淀んでるのが見えた。
 そういえば天気予報が、晩の大型な台風上陸を伝えてたっけ。

 嵐の前触れの強風に煽られて踏み出した足は、トボトボと家路に向かった。


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