契約書は婚姻届
「じゃあ、私が尚一郎さんと別れなかったら……」

「もう首吊るしかないな。
まあ、そうできたら幸せなほうか。
最悪、やくざに捕まって臓器抜かれて海に沈められるんだろうな」

「……」

人事のように語る雪也に、なにも云えない。

これは……まるで、あのときと同じだ。

明夫の工場を守りたければ結婚しろと、尚一郎に迫られたときと。

雪也を死なせたくなければ、尚一郎と別れるしかない。

「ああ、朋香は気にしなくていいから。
俺が勝手に下手やって、勝手に死ぬだけだから」

へらへらと笑いながら仲居を呼ぶと、雪也は酒を注文した。
朋香は俯き、堅く手を握ったままじっとしている。

汚いと思う。
こんなことを聞かされて、じゃあ、さようなら、などと云えない。
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