契約書は婚姻届
そんな気分にはなれなくて黙って首を振ると、困ったように笑った尚一郎はちゅっと朋香に口付けを落とした。

「とにかく、出かけよう。
いいだろ?」
 
なぜか出かけたがる尚一郎に、渋々うなずいた。

今日は高橋の運転ではなく、尚一郎自身が運転するのだという。

「たまには僕だって、運転したいからね」

いたずらっ子のように笑って尚一郎が出したのは、ガレージに停まっていた少し年式の古いポルシェ、カイエン。

「この車はね。
母が就職祝いに買ってくれたんだ。
営業もこれで回ってたし、いまでも大事にしてる」

「……そうなんですね」

珍しい家族の話に、いつもならいろいろ聞きたくて食いつくところだが、今日はどうでもよかった。

黙っている朋香に、尚一郎も黙ってる。

しばらくして、唐突に尚一郎が口を開いた。
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