契約書は婚姻届
ずいぶん、本邸とは扱いが違った。
出迎えた執事の案内で通されたのは、書斎。

「来たか」

部屋の奥、窓を背に置かれた重厚な机には、両肘をついて手を組んだ、壮年の男が座っていた。
どことなく見覚えのある顔に、思わず隣を見てしまう。
その男は尚一郎の髪と瞳の色を変え、きっと年をとったらこんな顔になるんだろうな、そう思わせる顔だったから。

「ああ。
朋香さんとは初めてでしたね。
……初めまして。
尚一郎の父の、尚恭(なおたか)です」

にっこりと眼鏡の奥の目が笑い、ぽーっとなりそうになったが、慌てて軽くあたまを振って平静を保つ。

「朋香、です。
……ふつつかものですが、よろしくお願いします」

……尚一郎さんが年をとると、あんな感じになるんだ。

穏やかに笑う尚恭はナイスミドルという言葉がぴったりで、尚一郎のこの先が楽しみだとか密かに考えてしまい、そんな場合ではないと気を引き締め直す。
< 263 / 541 >

この作品をシェア

pagetop