契約書は婚姻届
尚一郎が云い終わらないうちに、かぶせるように全力で否定した。

「えー、ダメかい?」

「ダメに決まってるでしょう!?」

「えー」

子供のように口を尖らせてふて腐れる尚一郎に、朋香は頭痛しか覚えかなかった。

 
風呂は露天になっていた。
翠の向こうは川になっており、せせらぎが聞こえる。
あっという間に朋香は上機嫌になり、どうして今日、ここにきたのかなんて忘れていた。

上がると、浴衣が準備されていた。
いわゆる温泉浴衣ではなく、鉄仙柄のきちんとした浴衣。

「べ、別に懐柔されたわけじゃなんだからね」

それに、もう今日は、仕方がなかったとはいえ尚一郎から買い与えられた服を着たわけだし、これ以上は無駄な抵抗な気がする。

云い訳をしながらも顔が緩んでいた朋香だが、……その浴衣が職人による手染めで、会社勤めの頃の、朋香の給料ひと月分で買えないことを知らない。
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