契約書は婚姻届
「は、はい」

唐突に口を開いた尚一郎に慌てて返事をすると、くすりと小さく笑われた。

「僕はCOO……久しぶりに、父とでも呼んでみようか」

父、そう云うときの尚一郎は、明夫をお義父さんと呼ぶときと違い、酷く他人行儀だ。

「僕はね、父が留学中に知り合った、ドイツ人の母との間の子供なんだ。
母の妊娠がわかったのは父が帰国してから。
母は父の、ああいう家の事情は知っていたし、だから黙って僕を産んだんだ。
けど、父はそれを知って、名前を送ってくれた。
尚恭(なおたか)の第一子で尚一郎。
父の精一杯だったんだと思う。
そういう事情は理解してたから、ドイツで暮らしてた頃は幸せだったよ」

朋香の視線に気付くと尚一郎がふふっと笑った。
けれどそれは、酷く淋しそうで、朋香の胸がずきんと痛んだ。

「十五の春、日本に来ることになった。
父がCEOの命で結婚した相手が、子供を産まないまま亡くなったから。
跡取りとして引き取られることになったんだよ。
父に会える、期待に胸を膨らませて日本に来たけど、現実は違ってた」
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