【長編】戦(イクサ)林羅山篇
自然の力
「正成殿がそのお言葉を聞けば泣
いて喜びましょう。私の今がある
のも正成殿のおかげにございま
す。もともと私にたいした能力は
なく優れた家臣に恵まれていたこ
と。これで大御所様にもお分かり
いただけたのではないですか」
「それはどうかな。優れた家臣が
何の取り得もない主君を慕うこと
はあるまい。そう考えれば秀頼も
あれだけの勇猛な浪人たちに最後
まで忠義を貫かせたことは、あな
どれない能力がある主君に成長し
ていたということか。それとも淀
の力か。まあどちらにしてもこた
びの戦は二人にいいように振り回
され、操られていたように思う。
挙句の果てには国松という難題ま
で押し付けられた」
「秀頼の子が生きていたのです
か」
「そうじゃ。国松と奈阿が見つか
り、わしのもとに来た。道連れに
してくれれば良かったものを…
…」
「大御所様は以前から吾妻鏡をよ
く読んでおられましたが、そこに
答えはありませんでしたか」
「源頼朝、義経を生かしておいた
から平家は滅亡した。仇討ちを止
めるにはまず子から殺すというこ
とは分かる。だからわしも国松を
斬首にした。しかし、千に泣きつ
かれて奈阿は生かした。これが良
かったのかどうか」
「この世から戦や仇討ちをなくす
には人の力ではなく自然の力であ
たらなければ解決しないのではな
いでしょうか」
「自然の力」
「台風や地震は老若男女の区別な
く殺します。そこには慈悲や人の
思いが入り込む余地はありませ
ん。こたびの戦は秀頼や淀に操ら
れたのでも、大御所様や上様のご
意志でもなく、自然が戦を終わら
せたのではないでしょうか」
「それが自然の力か。しかしそれ
を民が理解できるであろうか」
「問題は台風や地震が過ぎ去った
後をどうするかにかかっているの
ではないでしょうか」
「戦がなくなったことを世に示す
ということじゃな」
「はい」
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