【長編】戦(イクサ)林羅山篇
三男、誕生
 元和四年(一六一八年)
 秀忠は道春が諸大名や旗本らの
教化に京、駿府、江戸を行き来し
ていることを知り、江戸だけに自
宅のない不便を察して神田鷹匠町
に宅地を与えた。これには秀忠が
道春を疎遠にしているのではない
という心遣いもあり、そのことが
道春はうれしかった。そしてこの
年、もう一つ道春を喜ばせたのは
三男が誕生したことだ。
 京に戻った道春に長男の叔勝は
行儀よくお辞儀をして迎えた。そ
れに比べ、まだ一歳を過ぎたばか
りの次男、長吉は寝床で赤子と横
になっている母、亀の側に座って
きょとんとしていた。
「長吉、お前にも弟ができたの
だ」
「旦那様、まだ分かりませんよ」
「そうか。それにしても亀、よう
がんばったな。二人とも元気そう
で何より」
「旦那様のお忙しい時に何もでき
なくて…」
「何を申す。わしは幸せ者じゃ。
心配せんでもいい。ゆっくり横に
なって養生してくれ。そうそう、
帰る道すがら名を考えた。吉松で
どうだ。吉運の吉に松は長寿を
願ってじゃ」
「良い名です。吉松、早く大きく
なって父を助けるのですよ」
「おお、笑った。分かるのかの
う」
「旦那様の子ですもの、賢いに決
まってます」
 赤子にかまってばかりの道春の
気をひこうと叔勝は習字をした紙
を持って来て見せた。
「父上、私も賢いです」
「おお、よう書けておる。わしの
子はどの子も賢い」
 それでも長吉はきょとんとして
いた。
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