ハニートラップにご用心
「……私、土田さんのこと追いかけます。何年、かかるか……わからないけど」
「そっか」
土田さんが私に海外転勤のことを告げなかった理由がなんとなくわかる気がする。私の性格なら絶対について行くだろうと見越して、出発するまで黙っていようと思っていたんだ。
英語のできない私が海外に行ったところで出来る仕事なんてないだろうから。かと言って、早めに告げて気まずい日々を過ごすのも嫌だと思っていたんだろう。
私が土田さんなら、私だって同じことをする。
でも、土田さんは私のことなんか本当はちっともわかってない。いつ帰ってくるかわからない恋人を黙って待っているほど、私は大人しく従順な女ではない。
「お前、土田のことわかってないよ」
――私が土田さんに対して思っていたのと同じことを、逆に私が柊さんから浴びせられるとは思っていなくて、息を呑んだ。
「それ、俺が戻しておくから今すぐ土田んとこ行きな」
私の腕の中にある書籍の数々を取り上げて、柊は笑った。
「土田には"今から桜野をそっちに行かせるから、家から出るな"って言ってあるから」
そういえば、私に声を掛ける直前までスマートフォンを触っていたらしくその手に握っていたことを思い出す。あの時、と声を上げかけて、ふわりと大きな手が頭に乗せられた。
「全く、ホント手がかかるカップルだよな」
そう言って柊さんは私の髪の毛をぐしゃぐしゃになるまで撫で上げて、頭を揺さぶられたことで目を回す私を楽しそうに見た。
そして、優しい声で「行ってらっしゃい」と言って、私の背中を押した。