ハニートラップにご用心


長居もそこそこ、世間話をして母の料理の手伝いをして昼食をいただいた。と言っても、私は皿洗いをしただけで料理を手伝っていたのはほとんど土田さんだった。

真剣な顔で母の料理のレシピをメモしているのを見て、母が「うちの子、家事とか全然出来なくて大変でしょう。こんなに早くお嫁に行くのがわかってたら教えてたんだけど」と漏らした。

台所に行けば火は危ないからとガスコンロの周りには立たせてもらえなかったし、ならばと包丁を持てばそれも危ないからと追い出されていた。

料理に関しては完全にさせてもらえなかっただけなんだけどね、と内心そっとツッコミ入れておく。
それに、一人暮らしを始めてから必要最低限の自炊は出来るようになったし全然出来なくはない。きっとお母さんの中で、私はいつまでも一人では何も出来ない子供なんだろうな。


――当初の計画よりも長居してしまって、日が落ちるか落ちないかくらいに私の実家を後にした。

本当はもう少し早く次の目的地に向かうつもりだったのに、父が予想以上に土田さんを気に入ってしまいずっと引き止めてしまったからだ。


そしてまた都心の方に向かい、到着したのは空港からほど近い大きなホテルだった。

最初は土田さんのご両親に挨拶をするって予定だったんだけど、今日は遅くなってしまったからやめるのかな。
なんて思いながら土田さんの後ろをついて歩いて、ホテルの正面口からロビーに入る。


そこで頭を下げて待ち構えていたのは、自動開閉の扉の前の床に敷かれたカーペットを避けるようしにして左右に配置された数人のホテルマンだった。

その中心に、背の高い黒髪の女性がこちらを見て立っている。

落ち着いた紺色のワンピースを纏った美しい女性が土田さんを見て、微笑んだ。


「おかえりなさい、恭也。久しぶりね」


意志の強そうな太めの整った眉毛に、しっかりと上を向いた長いまつ毛。肌が白いから、唇に引かれたルージュが強調されて直視できないほどの色気を放つ。

思わず思考を停止して女性をぼんやりと女性を見つめていると、私の視線に気が付いたのか彼女がこちらに向かって歩いてくる。


< 110 / 121 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop