ハニートラップにご用心

「初めまして。あなたが桜野千春さんね?」


真っ赤な唇が弧を描いて、女性が私に微笑みかける。彼女が手を差し出してきたのと同時にゆるくウェーブのかかった長く綺麗な黒髪が揺れて、思わずほっとため息をついてしまった。


「は、はい。初めまして!」

「わたくし、沢城蘭と申します」


差し出された手を取ると、その細さと肌の滑らかさに驚いた。美人は指の先まで美しいのかと内心ビクついていると、ふと我に返った。

この人、さっき土田さんのこと名前で呼んでだけど……どういう関係?まさか、この人も元カ……。


「俺の母親だ。こう見えても五十過ぎだからな」


私の考えてることが伝わったのか、隣で土田さんがため息をついた。こんなに近くにいるのにシミ一つないし、どう見ても三十代くらいにしか見えない。


「立ち話もなんだし、応接室に行きましょうか」


土田さんのお母さんは優しい声音でそう言って、ふわりと笑った。

言われてみれば、端正な顔立ちやまとう雰囲気が、なんとなくオネエバージョンの時と似てる気がする。もしかしたら、彼にとっての女性像とは母親だったのかもしれない。


案内に従って応接室といって通された、広々とした部屋。

ロイヤルな内装になっていて、壁紙は白を基調として小さな剣が描かれているものだった。本棚から掛け時計まで、全て白に金の枠。

クリスマスにサプライズで土田さんに連れていってもらったホテルと雰囲気が似ている気がする、と思っていたら、それもそのはず。


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