ハニートラップにご用心
「サラリーマンなんて辞めてお父様の跡を継ぎなさいよ。お父様もあなたを心配しているのよ」
温かな紅茶の入ったティーカップを傾けながら、土田さんのお母さんはため息をついた。
そう、ここは土田さんのお父さんが所有するホテルの一つ。先程彼女から語れた土田さん及び土田さんを取り巻く家庭環境について、知った情報。
その一、お父さんは都心を拠点に数多くの高級ホテルを所有、経営するホテル王だということ。
その二、つまり土田恭也はホテル王の息子であるということ。
その三、土田の姓は母親の旧姓であること。
土田さんが帝王学を習得していたこと、骨董品を目利きで見抜いたこと、なぜあんなに高級そうなホテルを貸切にできてしまったのかなどなど。今まで疑問に思っていたことが全てここで解消された。
そりゃあお金持ちの一人息子さんであれば英才教育もされているはずだ。とんでもない人と知らず知らずに付き合っていたことに気が付いて、私のティーカップを持つ手が震える。
「あなたはとても優秀よ。別にお父様の事業を継いだって、誰も七光りなんて言わないわ」
それまで黙って話を聞いていた土田さんは、伏せていた目を上げてゆっくりと口を開いた。
「……いや。俺は自分の人生は自分で切り開きたいんだ」
「あらあら、カッコつけちゃって」
発言を撤回する気のない真っ直ぐな瞳を向けてくる自分の息子を見て、蘭さんは口元に手を当ててふふふ、と笑った。