ハニートラップにご用心
「……海外に転勤になったんだ。だから、時間がもうない」
「だからって女の子にとって一生に一度の結婚式を挙げないって言うの?甲斐性のない男ね」
蘭さんが言ってることが刺さったのか、土田さんはうっと声を出して顔をしかめた。
でも、土田さんの言う通り、時間がない。今から式場の手配や準備や何だとしていたら早くても半年はかかるだろう。
蘭さんは深く息を吐いて、腕を組んだ。
「何もかも任せてくれるなら、二週間で手配するわ」
蘭さんの言葉に、土田さんは勢いよく顔を上げた。
「しかし……」
土田さんが断りの言葉を発する前に、蘭さんがそれを遮るように続けた。
「心配しないで。お母さんの友達にウェディングプランナーがいるの。結構融通がきくのよ」
「いや、そうじゃなく……」
「親に借りを作りたくない、かしら?」
その言葉が図星だったのか、土田さんは口をつぐんで黙り込んでしまった。膝の上に置いた手を握り込んで、何か言いたいのを堪えているようだった。
「こんな時くらい、親らしいことをさせてちょうだい。恭也ったら、昔から聞き分けが良くて親に絶対迷惑をかけたくないって、何でも自分でやって来たでしょう」
特殊な家庭環境に置かれていたこともあり、余計に何でも自分でどうにかしなくてはいけないという気持ちが強かったのだろうか。
「ごめんなさい、ずっと恭也の強さと優しさに甘えていたわ。だから今まで、わたし達に甘えられなかったのよね」
蘭さんが言い終わるより先に、土田さんの手が微かに震えていることに気が付いて、見ないふりをした。
二十数年間抱えていた彼の想い心のやわだかまりが解けたんだろう。
静かに涙を流す彼の手にそっと自分のそれを重ねて目を閉じた。彼のこれからの人生が自由と幸福で満たされますように、と祈りを込めてその手を握り締めた。