ハニートラップにご用心
「――千春ちゃん?」
名前を呼ばれて、私はハッと顔を上げた。
うつむいて黙り込んでしまった私の顔を心配そうに覗き込む整った顔。あまりの近さに思わず息を詰まらせて、動揺したまま呼吸を再開しようとしてむせた。
気管に侵入してきた唾液を異物と認識して排除しようと働きかけてくる横隔膜。実に健康的な反応を示す体を縮め、前のめりになって咳き込んでいると慌てたように土田さんが背中をさすってくれた。
「ちょ、ちょっと大丈夫?風邪?」
「ち、ちが、違いますっ……!わ、私、お言葉に甘えて先にお風呂いただきますね……!」
整った顔がまた近付いてきて顔を覗き込もうとするから、全力で後退りをして半ば逃げるようにしてキッチンのすぐ近くの脱衣所に駆け込んだ。
土田さんは同性のようなもの。
そうは思っていても身体的特徴はれっきとした成人男性と同じ、いや――もしかしたらそこいらの男の人よりもたくましいかもしれない。
「……落ち着け、私」
大きく深呼吸をして、浴室に続く扉の方を向く。
床に敷かれた羊の形をした可愛らしいカーペットが視界に入って、息を吐くのと同時に小さく笑い声を漏らしてしまった。