ハニートラップにご用心


通常の人間の体温より二、三度高めに設定されたお湯に浸かってすっかり温まった身体から湯気を出しながら、私はぱちぱちと瞬きをした。


「着替え忘れちゃった」


勢いでお風呂場まで来てしまったので、当然替えの服はおろか下着すら持って来ていない。全て私の部屋にと宛てがわれた部屋に置いてきたバッグの中だ。

土田さんを呼んで持って来てもらおうかと考えて、上司をそんな風に使うのは気が引けて首を横に振った。用意されていたバスタオルをおもむろに引っ掴んで、身体に巻き付ける。


「失礼します!」


浴室の扉を勢いよく開けると、ソファにもたれかかってテレビを観る土田さんの後ろ姿が目に入った。私の声に反応して振り向いた彼が、ぎょっと目を見開いた。


「ち、千春ちゃん……?」

「す、すみません……下着部屋に忘れちゃって」


えへへ、と笑いながら後頭部を搔く仕草をすれば、勢いよくクッションが飛んできて顔面にぶつかる。

ぽて、とクッションが力なく床に落ちてクリアになった視界に怒り心頭といった表情の土田さんが映って、私は小さく悲鳴を漏らした。


「女の子が男の前で平気でそんな格好して……!」


こんな貧相な身体を見せつけてしまって申し訳ないとは思うけど、そんなに怒られると思っていなかったので少しだけへこむ。

口元を引きつらせて自分を抱き締めるようにして胸の前で腕をクロスさせて小さく頭を下げた。


「すみません……で、でも、ほら、タオル巻いてますし」

「すっぽんぽんで出てきたらビンタしてたわよ」


そう言ってふん!と鼻を鳴らして土田さんは私から視線を逸らす。不機嫌そうに眉根を寄せてマグカップを口元に運ぶ土田さんに私は軽く頭を下げてその横を通り過ぎた。


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