ハニートラップにご用心
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恋人でもない男女(戸籍上の性別で考えて)が同じ家から同じ職場に通うということは、社会的に見てあまり良いことでは無いらしく、妙な噂を立てられないために時間をずらしての通勤をする約束となった。
私と土田さんであれば立つような煙もないだろうに、お互いのためにということらしい。確かに、噂によって気まずくなり業務に支障をきたさない可能性もなくはない。
そう納得して就業時間より一時間ほど早く出勤したのだった。こんな時間から職場に来ている社員なんて余程仕事の締切が迫っている案件がある時くらいしかいない。
誰もいないオフィスで伸びをして深呼吸をした。朝礼までに時間があるためずっとやろうと思っていて手を付けていなかった書類整理をやってしまおう。
「おー、桜野がこんな早く来るとか珍しいじゃん」
大量発注の安価なプラスチックなファイルをデスクいっぱいに広げて書類の入れ替え作業を始めていると、背後からそんな声が聞こえてきて頭にずしりと重石が乗せられたような感覚がした。
「その声……柊さん?」
「はよー」
顔を上げると頭が軽くなった。
視界に入ってきたのは見知った顔――今となっては数少ない、土田恭也の同期、つまりは私の上司にあたる人。柊 涼太郎が犬歯を見せて人懐っこい笑顔でそこにいた。
土田さんと同じく第一線を行くエリート中のエリート。爽やかな正統派イケメンで、社内で彼を狙う女性社員は数知れず。一見すると少し軽薄そうな印象を受けがちな人だけど、浮いた噂は一切なく仕事に真面目な商社マンだ。
柊さんは私とは離れた場所にある自分のデスクに荷物を置いて仕事の準備を始めた。
いつもこのくらいの時間に来てるのかな、とか意味の無いことを考えながら何の気なしにじっと見つめていると顔を上げた柊さんとバッチリ目が合ってしまった。