ハニートラップにご用心
「望みがないのに期待させるなんて残酷でしょう」
カラン、とプラスチックが落ちる軽い音がしてそちらに視線だけを向けるとお玉が床に落ちていた。音に反応して動かした視線をもう一度正面に戻すと、土田さんの指先が私の顎を優しく撫でた。
「ねえ、千春ちゃん」
私の唇を、土田さんの吐息がくすぐる。
恋人同士の情事のようなその雰囲気に耐えられずに目を瞑った。私が今息を吸えば唇同士が触れ合ってしまう。そう思って、唇を固く結んで息を止める。
「あなたは、どうなの?」
わずかに、彼のまとう空気が震えた気がした。
「……さ、アタシの身の上話はここでおしまい。ご飯にしましょ」
唇と唇が触れそうになる直前に土田さんがサッと離れた。床に落ちたお玉を拾い上げる彼をぼんやりと見ながら、口元を手の甲で押さえた。
キス、されるのかと思った……。
結局疑問を完全に解消することはできなかったし、上手くごまかされたような気もする。だからと言ってこれ以上追求されたら嫌だろうから、私は口を閉ざすことにした。
「……エセオネエ……」
一枚も二枚も上手な土田さんに思わずそう無意識に呟いていた。今の私の顔は茹でダコのように真っ赤に沸騰しているに違いない。
「ふふ、千春ちゃんはどっちのアタシが好き?」
土田さんはニコニコと楽しそうに頬を緩ませて先に立ち上がったかと思うと、未だに床にへたり込んだままの私に手を差し伸べてきた。私はその手を取って、なるべく彼に体重をかけないようにと床に手をつきながら身体を起こす。
出会った時から今までずっと私の中では"土田恭也はオネエ"だった。だからやっぱり、慣れているのはオネエキャラの方だけど。