ハニートラップにご用心
「土田さんが自分らしく居られる方がいいです」
ぽつり、と私がそう言うと一瞬の沈黙が降りて、握られた手をパッと離された。
引っ張り上げようとしてくれていた最中にいきなり手を離されたので、私は声も上げられずまた床に尻もちをついた。
「……もしかして今、俺、口説かれた?」
何が起きたのかわからないまま土田さんを見上げると、彼はぽかん、と目を見開いて私を見下ろしている。その耳は真っ赤に染まっていた。
私としては口説いたつもりは一切なかったので、そのような解釈をされて内心動揺している。
なんて声をかけたら良いのかわからずにオロオロと視線をさ迷わせていると、脇に土田さんの大きな手が差し込まれて、それに気が付いた時には私の身体はふわりと宙に浮いていた。
「つ、土田さん……!」
彼が軽々とした動作で太ももあたりで抱き直す。私が上げかけた抗議の声は悲鳴に変わった。
小学生くらいの時に父親に抱き上げられた時に落とされた記憶があるので、また落とされてしまうのではないかと一瞬怯む。
けれど土田さんの体勢は崩れる気配がない。ほっと胸を撫で下ろして、恐る恐る彼の肩に手を置いて身体を預けるようにした。
体幹がしっかりしているのか、それでも彼の身体はピクリとも動かない。
「サンキュ」
そう言って目を細めて笑う土田さん。いつもの営業スマイルや、女性のように振る舞っている時とは違う。
男性として――土田恭也として、彼は確かに笑っていた。
いつもと違う土田さんの笑顔をまじまじと見つめていると、彼も真剣な顔をして見つめ返してくる。しばらくして、お互いに何か話すわけでもなく視線を絡めたままでいると、土田さんは切なげな表情をした。
「千春」
掠れた声で名前を呼ばれて心臓が跳ね上がる。
怪しげな色気を纏ったまま、その整った顔が近付いてきて私と土田さんの影が重なる。