ハニートラップにご用心
「アタシ、千春ちゃんが思っているような人間じゃないかもしれないわよ」
囁くような低い声。まるで恋人を誘うような響きに、私の心臓は痛いくらいに大きく跳ねた。
至近距離で目と目が合って、にっこりと微笑まれたかと思えば土田さんの顔がパッと離れて、額を軽く指先で叩かれた。
「そうやってすぐ気の抜けた顔するんだから」
「え……?あの」
私の肩にずり落ちた布――土田さんが先程まで着ていたジャケットを回収して、私を混乱に陥れた犯人は何事も無かったかのように、上機嫌にリビングから繋がる扉を指さした。
「千春ちゃんの部屋はあっちね。アタシの部屋はそのお隣」
私の部屋、と指をさされたのは左の扉。
まさか部屋まで与えられるとは思っていなかったので目を丸くして土田さんを見る。その視線をどう解釈したのか、土田さんはちょっと困ったように笑った。
「そっちの部屋はアタシのお古の敷き布団しかないけど、ごめんなさいね」
「い、いえ!そうじゃなくて、私に部屋なんて割り当ててくれるなんて……」
「女の子だもの。必要でしょう?それに、そっちは滅多に使わない部屋だから気にしなくていいのよ」
そう言いながら左側の扉に歩み寄った土田さん。ドアノブを捻って扉が開け放たれると、中で溜まっていた冷気がふわりと足元からリビングへと逃げていく。
小さな本棚が2つ、その上に液晶本体一体型のパソコンが置かれている。床には丸い薄茶色のカーペットが敷かれていて、その真ん中に木製のローテーブルが置かれている。中は思っていたより広々としていて快適そうだ。