ハニートラップにご用心

「土田さん!」


ガッと肩を掴んで押し返すと、彼はもう力が入らないのか、女の私の力でいとも簡単に剥がすことができた。

もしかして、と思ってこちらに倒れ込んでくる彼の脇に無理矢理体温計を突っ込めば、思った通り三十八度五分。よくもここまで顔色一つ変えずにいられたものだ。


とにかく彼をベッドに運んで休ませなくてはいけない。どうにか体勢を変えて彼を背負うように土田さんの腕を自分の肩に乗せさせて、彼がやってきた寝室まで引きずっていく。何度かソファの角や扉に足をぶつけていたけど仕方ないよね。

私の持てる精一杯の力で彼をベッドの上に引き上げる。
当人は引きずられたせいか熱のせいかわからないが、目を回しているようで焦点の合わない目で私を見つめた。


「つっかれた……!」


どうにかベッドに横たわらせ、布団を掛けて私は深く息を吐いた。見た目の細さのわりに身体はがっしりしていて、相応に重い。

肩から腕にかけて乳酸菌が溜まっていそうな怠さを感じて明日は筋肉痛だなぁ、と遠い目をしていると土田さんがうめき声を上げて身じろぎをした。


「もう、大人しく寝てください!治るまで家事は私がやりますから!」


冷蔵庫に入っていた冷却シートを引っ張り出してきて、叩きつけるようにして土田さんの額に貼ると冷たかったのかその肩がピクリと跳ねた。

今日と明日が休日で良かった。

入社してから忌引以外での欠勤をしたことがないらしい。
普段から仕事に関して非常に真面目な土田さんのことだから、熱があろうと出勤停止になる伝染性の病気でもなければ這ってでも仕事に行くだろう。


彼が自力で歩けるくらいに熱が下がったら、病院に連れて行かなくちゃ。

私、ペーパードライバーだけど運転できるかな……。


「お粥、作りますけど食べられそうですか?」


顔を覗き込んで聞くと土田さんはうっすら目を開けて、力なく頷いた。



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