ハニートラップにご用心
「そんな冗談言ってる余裕あるなら自分で飲んでください……!」
「あは、怖いわぁ」
思わずペットボトルを握る手に力が入ってミシミシと音が鳴る。容器が大破する前に、土田さんがそれを受け取ってキャップを開けた。
その間に私が鎮痛剤を取り出して土田さんに手渡すと、彼は手のひらに転がる二粒の錠剤をしばらくじっと眺めたあと、口の中に放り込んだ。
水で薬を流し込み、一仕事終えたといったように息をついて、土田さんはベッドに倒れ込むように再び寝転んだ。
布団に落ちた冷却シートの粘着力と冷却力が落ちていないのを指先でつついて確認したらしい土田さんは、それを自分でしっかりと貼り直した。
無事に薬を飲めたのを見守った私は、トレイを片付けて部屋を去ろうと思い立ち上がって彼に背を向けると、後から服の裾を引っ張られて制止された。
「ねえ、千春ちゃん」
「はい」
振り向くと、彼は目を隠すようにして腕で顔を覆っていた。
上気した頬と、浅い呼吸をしているせいで短い間隔で肩から胸にかけてが上下する。
「アタシが……一緒にどこか遠くに行こう、って言ったら千春ちゃんは付いてきてくれる?」
土田さんはゆっくりと腕を取り払い、私を見上げる。
いつもは自信に満ちた黒い瞳が、今は熱で浮かされ涙と不安の色で揺れていた。
さっきも過剰なスキンシップを取ってきたりと、体調が悪くて普段は取らない言動をしてしまうのだろうか。
「えっと、旅行ですか?」
しばらく考え込んだあとそれ以外の言葉が見つからずにそう口にすると、土田さんはぼんやりした目を瞬かせて、一瞬言葉に詰まったように黙り込んだ。
「……いえ。何でもないわ。さっきの質問は忘れて」
そう言って土田さんは私の服を離し、私とは反対の方向を向いて寝る体勢に入った。
「おやすみなさい」