ハニートラップにご用心
「ちょっと、アンタのパートナーは?」
私が戸惑っているのを察知してくれたらしい土田さんがすかさず柊さんに疑問の声をぶつける。
柊さんは肩をすくめて、私の正面にある無人のデスクを指さした。
「あー、うちの子有給使って旅行中。しばらく戻って来ねえのよ」
「な、なるほど。そういうことなら……」
引くほど量の多い書類を見下ろして、私はちょっと口元を引きつらせて一番上の紙をめくった。
二枚目の紙の下のほうに付箋が貼られているのに気がついてそれを剥がす。仕事の指示だったら最初に読んでおかないと、と思いその小さく整った文字を目で追った。
"十一月二十二日、土田の誕生日"。
簡潔に、一行で書かれた文章を読み終えて勢い良く顔を上げた。柊さんは私と目が合うとにやりと笑って、私は理解したことを教えるために何度も首を縦に振った。
付箋の裏にまだ文字が書いてあるらしく、微かに透けて見えるそれを確認するべき裏返すと十一桁の数字。恐らく柊さんの電話番号だろう。私はそれを確認して、付箋を四つ折りにして筆箱の中にしまった。
それから立ち上がって土田さんの方に歩み寄って、先ほどの要件を伺おうとすると、土田さんは「何でもないわ」と微笑んだ。
一体、私に何を言おうとしていたんだろうか。