ハニートラップにご用心
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予定の時間よりも少しだけ早く帰宅でき、できる限り音を立てないように鍵や扉を開けてリビングに入った。
もしかしたら土田さんがもう寝ているかもしれないと思い配慮したつもりだったのだが、土田さんは普通にソファに座ってテレビドラマを観ていた。
いつもは私が後から帰宅したら真っ先に振り向いておかえりなさい、と言って来る土田さん。全くその気配がないので、私は不安に思って彼の背中に声をかけた。
「あの……土田さん、ただいま帰りました」
「……ああ、おかえりなさい」
私の声に振り向きもせずに土田さんはそう答えて、テーブルに置いていたマグカップに手を伸ばした。中には漆黒色の液体、恐らくコーヒーだろう。もうすっかり冷めてしまっているのか湯気は立っていない。
「土田さん……あの、何か怒ってますか?」
ゴン、と音がして驚いて土田さんを見れば、先ほどまで土田さんが手にしていたマグカップが床の上に転がっていた。
「つ、土田さん……!大丈夫ですか!?」
零したものを拭かなければと思い、今は私のものになっている部屋のクローゼットの中にあるプラスチック製の小さな棚からタオルを何枚か持ち出した。
慌てて床に零れたコーヒーを拭いて、土田さんにも新しいタオルを差し出すが受け取ろうとせずにぼんやりとしている。
白いシャツがコーヒーで黒く染まってしまっているのに、それに気に留める様子もない。
訝しく思いその顔を覗き込もうと身を乗り出した瞬間、手首を強く掴まれた。
驚いて床にへたり込んで、私の手首を掴み上げている手の主を見上げると冷たい瞳と視線がぶつかった。