ハニートラップにご用心
「アタシの可愛い部下にセクハラしないでちょうだい。内部告発してやりましょうか?」
「諸刃の剣って言葉知ってる?」
冗談にしては土田さんの顔が本気だった気がするけど、柊さんはそれをひらりと交わして笑ってみせた。
土田さんがもう一発ファイルの角を食らわそうと腕を振り上げるので、柊さんは慌ててそれを掴んで制止した。
「あっぶ……!内部告発どころかリアルポリス案件だわ!」
「大丈夫、証拠は残さない」
「消す気満々じゃん……」
すっかり二人が互いのペースに乗っているところで、私はどうしたらいいかわからずにおろおろと周囲を見回す。
誰か都合の良く出勤してきて、この空気を壊してくれたらいいのに……。
そんなことを考えていると、土田さんが困惑している私の様子に気付いてくれたのか、くるりと踵を返してこちらを向いた。
「残念だけど年末は仕事が山ほどあるの。そんな暇はないわ」
はい、と土田さんから差し出された凶器……もとい、クリアファイルを受け取って、その固いプラスチックの表紙をめくって私は露骨に眉をひそめた。
何、この見たこともない量の発注書。
丁寧に締め切りごとに付箋を貼って分けられているけど、その一つ一つの枚数が目をそらしたくなるほどだった。
「職場でデートですか。そりゃあお偉いこった」
柊さんのため息混じりの声が聞こえて、私もため息をつきたい気持ちを抑えて苦笑いをした。
恋人である前に私達は社会人で、上司と部下なんだからやるべきことはきちんとやらなきゃいけない。
柊さんは恋人としてどうなんだ、と土田さんに詰め寄ってはいけるけど……私はそんな土田さんだから好きになったんだ。