悪役令嬢の華麗なる王宮物語~ヤられる前にヤるのが仁義です~
私を残して馬から飛び降りた王太子は、そのチーズを笑顔で受け取っている。


「ビセットじいさん、ありがとう。今、皆で分けて食べるよ」


その言葉に心で『え……』と呟いたのは、彼が村外れに住む老人の名前まで記憶していたからでも、結婚祝いと言われたからでもない。

チーズを受け取り、食べようとしていることに対してだ。


申し訳ないが、私は食べる気がしなかった。

皿にものせず、紙にも包まずに手掴みで持ってこられたチーズは、どんな方法で作ったのかもわからない不衛生なものに思えたのだ。


それだけではない。
ビセットじいさんと呼ばれた老人が、もし刺客だとしたらどうするのか。

一見して平和でも、貴族社会は薄汚れた思惑がうごめいていて、謀反を企む者がいないとも限らない。

王族である彼はよくよく注意しなければならない立場にあるはずだ。

老人に怪しい言動は見られなくても、誰かに金で雇われ演技をしている可能性だってある。

もし、そのチーズが毒入りだったら……。
私がヒヤリとしているのは、それを心配してのことだった。


しかし、止める間もなく王太子は手で割ったチーズのかけらを口に放り込んでしまう。

そして「うん、おいしい!」と頬を綻ばせていた。

「ビセットじいさんのチーズはいつ食べても絶品だ」という言い方からは、これまでに何度も口にしたことがあるみたい。

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