たった一度のモテ期なら。
「あ、噂をすれば」
お店を出たところで、富樫課長が呟くように言った。噂?と目をやると、車道の向こうに偶然にも西山が見えた。どこかへ電話をしているところらしい。
外出先で仕事をする姿を見かけることなんて普段ないから、ちょっと新鮮。新人の頃より、スーツが似合って大人っぽくなったね。
視線に気づいたのかこちらを振り返った西山に手を振ると、スマホを耳に当てたまま軽く手をあげたあと、隣に気づいたようでそのまま目礼した。
そのタイミングで肩に手を置かれて「行こうか」と促された。なんでそんな耳元でとびっくりしたら、富樫課長はすごく悪ガキっぽく笑っていた。
ああ、わざとやってるんだ。西山に誤解させてどうするんですか!
そのまま大股で歩き出す課長に小走りでついて行く。
「悪い噂が立ちますよ」
「俺の心配してくれるの?優しいね。でも意外とお互いに余裕なんだな。俺といるの見ても平然としてたね」
気に入らなそうな声で批評される。まだ付き合ってると思ってるなら、思い込みが激しすぎじゃない?
「だからそんなんじゃないんですって。からかってもいいこと何にもないですよ。西山は社内恋愛反対派ですから」
「そういう主義とか頭固そうだよな。やめといたほうがいいよ、ああいう気取った奴。不毛な片思いとか時間の無駄だよ」
気軽に言われた言葉がなぜか胸に響いた。
「……してないですから、片思いとか」
「俺にしとけば?」
隣から目を覗き込むように言った笑顔は、本当に貴公子の名に相応しい爽やかさで、本気で口説かれたらクラっとするだろうなぁとぼんやり思ってしまうぐらいに素敵だった。