たった一度のモテ期なら。
声をかけにくくて、とにかくハンカチを出して額をそっと拭こうとしたら、予想以上にびくっとされた。

「汗かいてるから……やっぱり狭いところ苦手なんだよね」

西山は無言でこっちを見下ろしてから、「バレてた?」と微かに笑った。

「あんまりエレベーター乗らないし。カラオケボックスも嫌いだし。そうかなって思ってた」

「影森にばれてるようじゃみんな気づいてるか」

そんなことないよ、私が西山をよく見てるからだよ、という反論は口にはできなかった。

手を伸ばして汗を拭いてあげたら、さんきゅと小声で言った西山は一度大きく息を吐いた。

「……ガキの時にさ、古いエレベーターが開かなくなったことあって。こういう古くて狭い感じのは、まあ、苦手」

「助けてもらえなかったの?」

「古いちっちゃい建物で、住人帰って来るまで気づかれなかった」

「今も怖い?」

「怖いわけないだろって言いたいところだけど。結構、思い出す感じする」

「手とかつないでたら、少しマシ?」

「いい?」

断るかと思ったのに。時々母性本能をくすぐるのがこの人の困ったところだ。

両手で包むように西山の左手を握ってみる。

「冷たくなってる」

「あっためてよ」

面白がるように言うけど、きっとごまかしてるだけなんだろう。

両手でぎゅっと握ってみた後、ふと思いついて右手は離して背中に回し、さっきしてもらったみたいに身体ごとくっついてみた。こういうの安心するでしょう。

「大丈夫。すぐに開けてもらえるし、1人じゃないよ」

今度は私が西山を励まそうとしてみると、影森に励まされるとか情けないな、と低い笑い声が聞こえた。

そのまま空いたほうの手でぎゅっとされて耳のわきに息がかかった。

しばらく、2人の呼吸の音だけが響いていた。

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