君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
『後で澪音とかぐやが面倒なこと言いだすのがわかりきってる。やめとけ』


弥太郎さんは、心底うんざりした表情だ。


澪音とかぐやさんが面倒なことを言う……。そういえば、ふたりとも私と弥太郎さんが話をするのを異様に気にしていたっけ。


『犬の相手をして嫉妬されるのは納得いかない。

ちなみに、お前の読唇術は便利だが』


弥太郎さんの口の動きを読むのを読唇術と言うらしい。細かい内容はわからないから、私に分かるのは限られた内容だけど。

『澪音とかぐやには不評だぞ、密談でもしてるようで気に食わないようだ』


「えー!? そんな……何も内緒話にするようなことは話してませんよね」


『だから、手話を覚えてくれ。義妹になるんだろ』


義妹。そうか、いずれは弥太郎さんとも義理の家族になるんだ。そうやって言われると何だか嬉しくて、手話は難しそうだけどやってみようと思った。


「わかりました!私も弥太郎さんとちゃんと話しができるようになりたいです」


「いま、おしえてやる」


弥太郎さんは、頭を叩くような身ぶりのあとに「ばか」
と言った。


「折角教えてくれるならもうちょっとマシな単語にしてくださいよ」


頭の前で動物の耳を作る仕草をして、「いぬ」、そして私を指して「おまえ」と言った。


「手話を教えてまで私を馬鹿犬と呼びますか……」


その後弥太郎さんは、手で不思議な形を3つ作り、「澪音」と言った。


「これで澪音を表すんですね」


続けて、まっすぐ立てた指を倒して「たのむ」と説明する。


弥太郎さんは頷いて、もう一度始めから見せてくれた。



「……澪音を頼む?」


滅多に見せないにっこりとした笑顔で微笑まれて、びっくりして立ち尽くす。


「しあわせになれよ」


続けてそう言われて、急な優しさに涙が出た。


『馬鹿、泣くな。

後で澪音とかぐやに詰め寄られる俺の身にもなれ』


私を追い払うように手の甲をヒラヒラと動かして、弥太郎さんは遠くに行った。優しいのか意地悪か判断が難しい人だなあ……。
< 218 / 220 >

この作品をシェア

pagetop