君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
「ほら、さっきからこんな調子なんですよ」


弥太郎さんは手を上げて澪音に軽く挨拶すると、私からはぷい、と顔を背けて何処かに行ってしまった。


「柚葉にはいつもこんな感じなのか?」


澪音はぽかんとした顔で、弥太郎さんの背中を見送っている。


「いっつも意地悪ですよ!」


「兄さんは今まで、女性に対してあんなに気安い顔を見せることは無かったんだけど……まるで別人みたいだ。」


澪音はひとしきり驚いたあと、真顔で私を見下ろした。


「それに柚葉も、俺に見せる顔とは少し違ったね。

じゃれあうように怒ったり笑ったり。二人とも、何でも気軽に言い合える仲って感じ。」


日本人にしては淡い色の大きな瞳は、表情が無くなると妙に迫力がある。


「澪音……?」


「読唇術まで驚くほど上達しているな。熱心なことだ。

兄さんに近付いたらだめだと言ったのを忘れたのか」


澪音が私の髪についた土を払おうとするので、「服が汚れますって」ともう一度身を引く。

すると、澪音はそれに構わず私を抱き寄せた。その拍子に埃ひとつついていないスーツが土まみれになってしまう。


「柚葉まで兄さんがいいと言うのか?

俺ではなく兄さんを選ぶのか?」


「選ぶとか選ばないって話じゃなくて、私は弥太郎さんに嫌われてるだけで……」


と否定しようとして、澪音の言葉に引っ掛かりを感じた。


「『柚葉まで』、と言いましたね。

『まで』……

それって、かぐや姫だけじゃなくて私までっていうことですよね。」


「かぐや?

何で今かぐやの話になるんだ?」
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