君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
その後お店が混雑してきたので忙しく動き回っていると、不意に目眩を感じてグラスをひとつ落としてしまった。


「すみません、今さらこんなミスして」


「気にしないでいい。ここは片付けておくから。

有坂さん顔色が良くないよ。今日はもうあがって」


心配したオーナーに押しきられるように、その日は早退した。忙しいのに悪いことをしてしまった。


予定外に早い帰宅となり、ふらつく体を休めようと澪音の部屋に向かう。澪音は、夜は殆ど会食の予定が入っているから、多分まだ帰ってきてないはず。



そう油断して澪音の部屋の扉を開けると、これまで聞いたことのない重厚でダイナミックなピアノが聞こえてきた。私の知らないクラシックの曲だ。



いつもは穏やかな顔をしてピアノに向かう澪音が、苦しげに眉をしかめながら弾いている。集中しているせいか、ドアを開けた私に気がつくこともない。



そして……澪音の背後にいる人を見て背筋が固まった。



かぐや姫だ。



澪音を背後から抱き締めるように腕を首もとに絡ませている。かぐや姫の銀糸のような髪が、澪音の体にさらさらと流れていた。



「あ……」


びっくりして間抜けな声をあげたところで、澪音とかぐや姫が私に気が付いた。


「柚葉!」



驚いて声をあげる澪音。



澪音が立ち上がるより早く、かぐや姫が私に向かって歩いてきた。笑顔でもないし、この前のような気まずそうな表情でもない。挑むように見つめられて、私は逃げることもできなくなった。



「お、お邪魔してごめんなさ……」


作り笑いでその場を保とうとした私を遮って、かぐや姫は真正面から私に告げる。


「澪音と二人で話をしている途中なの。

悪いけれど、今夜は二人きりにさせてください

朝まで、この部屋には帰らないで」
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