君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
『お前が泣きを見るのは分かっていた。だから早く出ていってほしかった』
とだけ伝えられ、あまり見たことのない心配そうな顔を見せられる。
「はい……、早くそうすれば良かったです」
頭をぽんぽんと撫でられ「ねむれるか?」と唇を動かして聞かれる。首を振ると弥太郎さんは
『それなら寝物語の代わりに、澪音について教えてやる』
と、ベッド近くのテレビをつけてリモコンを操作する。
画面にはオーケストラのコンサートが映った。外国の演奏なのか、奏者は欧米の人が中心だった。
拍手とともにピアノに歩いてくるのは、長身で端正な顔立ちの東洋人……。
「れ、澪音!?」
『ショパンコンクール入賞後のコンサートの録画だ。
ピアニストとしての澪音の最後の演奏になってしまった』
指揮者が手を構えると、澪音のソロで演奏が始まった。荘厳で重たい音。
やがてオーケストラと一体になって、ロマンチックで切ないメロディーが奏でられる。ピアノの音は時に激しく、甘い。クラシックに疎い私でもつい引き込まれていく。
『これはピアニスト泣かせの難曲で有名だな。
ラフマニノフ ピアノ協奏曲第二番』
「素敵ですね……私も聞いたことありますよ、この曲。
やっぱり、澪音は格好いいな」
真剣な面持ちで鍵盤に向かう横顔が綺麗だ。いつもの柔らかな印象ではなくて、ピンとはりつめたような表情をしている。
『比類なきテクニックと、瑞々しい感性。迫力と繊細さ全てを併せ持った希代のピアニスト
それが澪音の、現役時代の評価だ。
誰もが澪音のことを天才と言っていた』