君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
『俺は芸術に明るくないが、澪音を天才とは思わない』


「……どうして澪音の才能を認めてあげないんですか?」


『あいつは小さな頃から子供らしい遊びをすることもなく、ピアノ漬けの毎日だった。


毎日5時間は弾いていたな。休日にはもっとだ。朝から晩まで練習して。

澪音にどれだけの才能があるから知らないが、俺はあいつの呆れるほどの努力をずっと見てきた。

だから澪音の技術を、天才なんて言葉で片付けられるのは腹が立つ』


そう告げた弥太郎さんの顔には、苦渋の色が見えた。


『ピアノは、一日練習しないと三日は勘が戻らないらしい』


「そうなんですか……」


『澪音がピアノを止めてから、もう一年になる。今も趣味程度には弾くだろうが、本格的な練習はしていない。

つまり、澪音が最盛期の演奏を取り戻すには三年はかかる計算になる』


「今でも凄い演奏だと思いますけど、それでもピークの時とは違うものなんですね。大変な世界だなぁ……」


『今のあいつにはピアノに打ち込む時間は無い。

だから澪音は、このコンサートのような演奏はもう二度とできないんだ。


これが、俺が澪音から奪ったものだ。

だから俺は、生涯をかけて澪音に酬いる責任がある。そのためだけに生きると決めている』


画面の中では、激しく鍵盤を叩く澪音の髪が揺れている。弥太郎さんは、その澪音を眺めながら、懺悔のように語った。

「でも……弥太郎さんの声のことはご病気だと聞きました。だから、弥太郎さんではなくて、澪音が当主を継ぐことになったって。

それって別に弥太郎さんの責任じゃないですよね」
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