宵の朔に-主さまの気まぐれ-
鬼族は男女問わず嫉妬が激しい。

する方もされる方も命懸けで、だが嫉妬されることは最上の喜びとして受け止められていた。

朔は半分人だが今まで激しい嫉妬の炎に身を焼かれたことはまだなく、それは凶姫も同じだったが――

今日この日はじめて激しい嫉妬に襲われて朔の腕の中で身を震わせていた。


「あなたが何と言おうと柚葉を気にしているのは本当よ。だけどあなたは妻はひとりだと言う。…矛盾してるでしょ」


「してない。柚葉はなんていうか…違うんだ。そんなんじゃない」


「私そんな中途半端な愛情を示されるのは嫌なの。私を妻にしたいなら、私だけを見てくれないと嫌」


「だから。お前だけだ」


――朔にここまで言わせた女ははじめてだというのに、凶姫は一向に信じておらず、どんと朔の胸を突いて離れて自身の身体を守るようにして腕組みをした。


「どうしたんだ?柚葉とお前は仲がいいじゃないか」


「知らないみたいだけれど、男が絡むと女の友情はあっさり崩れるものよ。あなたがそんな中途半端なせいで私と柚葉の友情が崩れてしまうわ」


「…じゃあどうすればいいんだ?」


「…ふん、私もやきが回ったものね、たったひとりの男を夢中にさせられないなんて。ああそもそも私がその男を夢中にさせられていないんだわ」


ぶつぶつ独り言を言っている凶姫が気がかりで手を伸ばしたが、するりと逃げられて歯噛みしていると――凶姫が妙案が浮かんだとばかりに口角を上げて妖艶に笑んだ。


「芙蓉?」


「私が、あなたを夢中にさせればいい」


「…え?」


「あなたが、他の女に目もくれないほど私に夢中になればいいんだわ」


「芙蓉…お前なにを言って…」


凶姫が朔にすうっと手を伸ばしてゆっくり頬に触れた。

まるで吸い付くように触れられた手の感触にぞくりと身を震わせた朔は、顔を寄せてきた凶姫に耳元で囁かれた。


「夢中にさせてあげる。来なさい」


高潔なまでの態度で、誰にも拒否できない強さで。


その嫉妬の業火で、朔を焼く――
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