宵の朔に-主さまの気まぐれ-
頑なだ。

何を聞いても“駄目”の一点張りで引かない。

だが朔も聞き分けが良さそうに見えて…そうでもない。


「所作から普通の女じゃないことは分かってる。鬼族で高貴な家…調べればすぐ分かることだけど」


「勝手に私の家の事情に口出ししてこないで。それとも嫌がる女を見るのが好きなわけ?」


「嫌いじゃない」


…全くこの男は。

凶姫が呆れて心の中で呟く。

そして普段は固く口を閉じて話さない家の事情を端的に語った。


「みんな殺されたの」


「…みんなとは?」


「みんなよ。一族郎党、みんな殺されたわ。…私だけ生き延びた。私だけ…生かされた」


「野盗か?」


「いいえ違う。あれは……もういいでしょ、私に深く関わろうとしないで」


ふいっと顔を逸らしたその横顔は美しく、触るなと何度も言われたのに懲りない朔は、緩く編んだ三つ編みについている桃色の花びらをそっと取って凶姫の耳にかけた。


「…ちょっと」


「触ってない。花をかけただけ」


「それを屁理屈って言うのよ」


「お前からは花の香りがする。香でもつけてるのか?」


「?何もつけてないけど…月、あなたからも良い香りがするわよ。知らなかった?」


凶姫が、くんと鼻を鳴らして朔に身体を傾けた。

胸元…首…唇ーー

朔が少し動けば唇が触れ合う距離だったが、会ったばかりの女に手を出すほど節操なしではなく、好きなようにさせていると、顔の前で手を翳す。


「…月…あなたもしかして、かなりいい男?」


「うん、そう言われることもあったりするけど」


「へえ…そんないい男がたかが舞姫と密会しててもいいわけ?昨日のはお付きの人でしょ」


「ここには嫌々来てるけど、面白そうな女に出会ったから通うことにしたし、そのお付きの奴にも話してある」


また呆れたと言わんばかりに肩を竦められた朔は、やって来た雪男に手を上げて立ち上がると、腰を折って凶姫の耳元で囁いた。


「じゃあ、また明日」


「…っ、耳元でこそこそ話さないで」


ぞくっと身震いした凶姫ににっこり笑いかけた朔は、腰に手をあててこれまた呆れた表情の雪男にすれ違いざまーー


「ああ楽しかった」


ーーご愁傷様。

雪男は凶姫に心の中で呟き、集落を後にした。
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