宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「姫様」


「柚葉、遅かったわね。月がさっきまでここに居たのに」


「…ええ、頃合いを見計らって来ましたから」


「月に会いたくないの?いい男なんでしょ?」


凶姫を迎えに来た柚葉は元々困ったような顔をしているのにさらに眉を下げて困った顔になると、凶姫の傍に座った。


「とってもいい男ですよ。…でも私なんかが傍に居てはあの方の格を落としてしまうんです。凶姫、あなたのように気位が高くて美しい方でないと」


「ふっ、笑わせるわね。私が気位が高い?本当に気位が高かったなら、知らない男たちに肌を許したりしないわ」


吐き捨てた凶姫が立ち上がり、手を伸ばす。

目は見えていなくても心眼のおかげで歩いたりすることに支障はないが、柚葉は同じような境遇の身――つい頼りたくなってしまう。


「ご無礼を申し上げました…」


「いいのよ、私こそ言い過ぎたわ。でもそうね、こんな目になってから男と寝なくてよくなったし、舞うだけで暮らしていけるんだから…上々よ」


「…」


「柚葉、だから私が沢山稼いであなたに客を取らせたり絶対にさせないから。あなたの作る着物は大好きだし、それだけで武器になるけどあなた、可愛いからいつかは客を取らされるかもしれない。だから私がその時はあなたを毎日買ってあげる」


「ありがとうございます、姫様…」


凶姫は優しい。

つんつんしているがそれは防衛本能であって、誰にでも冷たい態度を取るが――朔には態度を軟化させているように見えた。


「姫様は、月…様とまたお会いになるのですか?」


「そうね、一週間はここに通うと言ってたけど。あの人が本を読んでくれたんだけど、声がとても良くて聞き惚れてしまったの」


「そう…ですか」


――胸に小さな棘が刺さる。

ちくちくと胸を痛ませて、凶姫の手を引きながら歩き出した柚葉の顔はなおいっそう、困った顔になった。
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