宵の朔に-主さまの気まぐれ-
すごすごと宿屋に戻った時ちょうど朔は見合い相手の姫君と話を終えており、さも面白くなかったという顔をしていた。


「こらこら、そんな顔で話したんじゃないだろうな」


「ちゃんと礼儀正しくしてた。じゃあ行ってくる」


「ああ。礼儀正しくな」


「手なんか出さないから安心しろ」


…本当か?

雪男が心配していることが朔に伝わっていたらしく、安心しろと言われて逆に不安にはなったが、そこで朔と別れた。


――そして朔はなるべく自身が放っている気を消して泉を目指して歩いていると、件の遊郭の前で足を止めた。

かなり大きい遊郭で、門構えはかなり立派だ。

…だがそこに住んでいる女たちは、籠の中の鳥。


朔が見上げていると、二階の窓から遊女たちが朔に気付いて集まってざわつきながら見下ろしていた。


柚葉には先日会えていない。

避けられているのだと分かっていたが、朔もこのまま引き下がるほどしおらしくはない。


「お前たち、そこに柚葉は居ないか?」


遊女たちがまたざわつき、朔の美貌と声にうっとりしながら首を振った。


「あの子お使いに行ってるわ。ここから出られるのは柚葉と凶姫だけだから、私たちが欲しいものを買いに行ってくれているの」


「そうか。ありがとう」


「旦那様、私たちと遊ばない?」


「今度な」


ふっと微笑むと悲鳴のような歓声が沸き、朔は肩を竦めながらその場を離れる。


「ここから出られるのは、柚葉と凶姫だけ、ね…」


その意味は?

考えながら泉に着くとまたすでに凶姫は居て、今度は完全に寝ていた。


朔は起こさないようにそっと傍に座ると、静かに本を開く。

会話をせずとも何故か安らげる――


不思議な女だな、と心の中で呟きながら、あたたかい風に髪をよそがせて自然に笑みが沸いた。
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