宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「…はあ!?一夜!?一夜って…」


「変な意味じゃない。事情を話すのに時間がかかるからという意味らしい」


雪男と合流して幽玄町に帰り着くとまず反対するであろう雪男に率直に話した朔は、座椅子の背もたれに身体を預けて天井を見ながら深い息をついた。


「でも主さま…夜は百鬼夜行があるから駄目だろ」


「そうなんだ。別に夜でなくてもいいと思うんだが…。その辺は凶姫に話してみる」


「そうだな…そうしてくれ。ところで主さま、情報が入ったんだ。これ読んでくれ」


烏天狗から届いた文を手渡した雪男は先に内容を把握していたため、欠伸をしながら腕を組んで壁にもたれ掛かった。


「……凶姫は北の豪族の姫だったか」


「ああ。北一帯を治めていた大地主の一人娘だ。凶姫の話通り、一族もろとも根絶やしにされて家は焼かれた。凶姫はその時目を失ったらしい」


「…何者だ?」


「敵はこの国の者じゃないらしい。恐らく“渡り”だ」


「“渡り”、か。つくづくうちの家は“渡り”に縁があるな」


――“渡り”とはこの国に住む妖ではなく異国から渡ってきた物の怪。

朔の一族は古き時代からこの“渡り”と度々衝突してはなんとか事なきを得たと文献に書かれてある。


「何故凶姫だけが生かされたんだ?」


「凶事に気付いた者たちが駆け付けた時にはすでに凶姫は目を失っていて、周囲は匿ったり世話をしたらしいんだが…」


雪男の表情が曇り、朔もまた唇が半開きになったまま絶句した。


「死んだ、のか」


「ああ、凶姫に関わる者ほぼ全てが。だから村八分にされて遊郭に売られた。そして売られてなお関わる男全てがやっぱり死んでいくらしい」


――なんという運命だろうか。

朔の拳は人知れず固く握られて、白くなった。
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