宵の朔に-主さまの気まぐれ-
その夜――大惨事が起きた。

だが朔は百鬼夜行中で、その知らせをもたらす者もなく、翌朝朔が集落に着くまでそれを知る術もなかった。


「なん…だ…これは…」


ここに着く前空から見た集落からは煙が上がっていた。

それは黒煙で胸騒ぎを覚えて急いで駆け付けたのだが――朔の足は遊郭の前で止まり、立ち尽くす。

建物は半壊状態で何かの焦げる匂いが充満しており、木が燃えた匂いだけではなくいやな匂いが漂っていた。


「嘘だろ…」


「…行くぞ。ついて来い」


遊郭の周囲には人が大勢集まっていたが、中に入ろうとする者は居ない。

そして皆が口々に呟いていたのは、“あの女のせいだ”という怨嗟の声――


「ぎん、お前はお祖父様たちの元に行って無事を確認してこい」


「わかった」


何かの時のために朔の左右を雪男と焔が守り、中へ進んでいくと倒れている者も多く、そして死んでいる者も居る。


「息のある者は外へ出ろ」


焔が息のある者たちにそう声をかけ、表情の硬い朔はここに凶姫と柚葉が居ないことを願って二階に続く階段を見上げた。


「上か?」


「下には誰も居なかった。…逃げてくれてればいいな」


険しい表情の朔に雪男が優しく声をかけた時――二階から柚葉が転げ落ちるようにして降りてきた。


「主さま!」


「柚葉!無事か!」


「わ、私は何とか…!主さま、姫様を助けて下さい!」


何とか大丈夫と言ったものの柚葉も火傷や何らかの傷を負っていて、ふらりとよろめいた柚葉を雪男が駆け寄って抱きとめると、二階を顎で指した。


「主さま、早く行ってこい!」


「頼んだぞ」


二階を駆け上がる。

無数の遊女の遺体が転がり、嫌な予感しかしない朔は最奥の部屋で花の香りを感じて戸を開けた。


「凶姫…!」


そこには――


一糸纏わぬ凶姫が傷だらけの状態で倒れていた。

その手に短刀を握って――
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