宵の朔に-主さまの気まぐれ-
全裸のまま倒れている凶姫に駆け寄った朔は、あちこち焼け焦げているものの着れる羽織を見つけるとそれで身体を包んで身体を起こしてやった。


「凶姫!」


「……ぅ…っ」


うめき声を上げた凶姫が顔を上げ、この一週間嗅ぎ慣れた花の香りで誰が来たのか気付いた凶姫に突き飛ばされた。


「いや、やめて…見ないで…!」


「凶姫…助けに来たんだ…何があった?」


「いや…いやぁ…っ!」


悲鳴を上げて何かに怯える凶姫が痛々しく、こういう時大人しく従っていれば余計殻に引きこもるかもしれないと思った朔は、意を決して凶姫を――強く抱きしめた。


「もう怖くない。お前を助けに来たんだ。安心できる場所に行こう」


「月…月…!あいつが…あいつが来たの…!」


「…あいつって?」


「私のこの目を奪っていった男よ!」


――その話は雪男から聞いていた。

だが凶姫の口から聞くのを待っていた朔は、呪うように吐き出したその言葉にそれが真実であると分かると、凶姫の顔を胸に押し付けて細い身体をまた抱きしめた。


「何をしに来た?」


「…いやよ、言いたくない」


「凶姫…」


「悔しい…!目を奪われてから私は泣くこともできない…!私は…私はまたあいつに汚されて…っ」


…よくよく見てみると、凶姫の首筋や胸元には唇の跡があり、凶姫が無理矢理身体を求められたことが分かると、沸々と怒りがこみ上げてきた。


「…抱かれたのか」


「…二度目よ。一度目は…目を奪われた時に…」


「…行こう。安全な場所に連れて行く」


どこへ、と凶姫が言いかけた時、雪男が部屋に入って来て目を見張る。


「主さま…これは…」


「…主さま?」


雪男が“主さま”と呼んでしまって口を手で覆ったがもうすでに手遅れで、朔は直に凶姫に触れないよう気を付けながら抱き上げると、小さく笑って見せた。


「俺の事情も話すから、お前の事情も話してくれ。いいね?」


「……ええ…」


「連れて帰る。柚葉も一緒に」


「ああ、仕方ないな」


怒りの滲む朔の口調に、もう止められないと感じた。
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