宵の朔に-主さまの気まぐれ-
遊郭を出るとすぐ傍にはがっくりうなだれている男の店主の姿があった。

朔は凶姫を抱きかかえたまま店主の前に立ち、顔を上げた店主に凶姫の有り様を見せた。


「凶姫と柚葉は貰い受ける。ここに置いていると店主、また同じ目に遭うかもしれないぞ」


「い、いや、それでは店が立ち行かなく…」


「命を落とすか命が助かるか…好きな方を選べ」


店主は朔の正体を知らなかったが、彼らの左右に立ち、また人ごみの中でひと際背が高く白い髪と尻尾と耳のある太刀を腰に提げた男を見てそれがすぐに九尾の白狐だと分かり、そして真っ青な目と髪をした男がまた誰の側近であるか分かると、すぐさま跪いた。


「これはこれは…主さまではありませんか…!?」


「ああそうだ。事情は知っている。だからふたりを貰い受ける。料金はちゃんと払うから心配するな」


「い、いえ、お代金など…」


「では再建するための費用を出す。後はそこの青い奴と話せ」


指名された雪男が肩を竦めて店主と話を始めると、人ごみに紛れていた銀が近寄って来てこそりと耳打ちしてきた。


「潭月と周は無事だ。後で幽玄町まで来るそうだが」


「よし。じゃあぎん、お前は柚葉を頼んだ。凶姫は俺がこのまま連れて行く」


凶姫は顔を伏せたままぴくりとも動かない。

銀が柚葉を抱き上げて空を駆けあがるとそれに朔と焔も続き、話をつけた雪男も追いついて来て渋い表情をしていた。


「何か言いたげだな」


「主さま、これは厄介ごとだぞ」


「分かっている。だけどお前…この状況を無視できるのか?」


「誰が無視するかっつーの。とりあえず落ち着いたから話をしないとな」


柚葉は放心状態、凶姫は茫然自失状態――

よほど恐ろしいものを見たのか――そして恐ろしい目に遭ったのか――

凶姫を抱く手に力がこもる。

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