宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「少しは落ち着いたか?」


柚葉が風呂に入っている間に熱い茶を淹れてやった朔は、それを飲んでほっと小さく息を吐いた凶姫の大きな掌の傷を覗き込んだ。


「ええ少しだけ…。月、あなた…百鬼夜行の主だったのね」


「隠してて悪かった。立場で怖がられるのが嫌だったんだ」


「別に怖がりはしないわよ。百鬼夜行のねえ…。あなたの傍にやけに雰囲気のある男ばかり居たのはそういうことだったのね」


「俺の話は後でするからとりあえず何が起きたのか教えてくれ」


――凶姫は両の掌についた傷に応急処置で布を巻いてもらいながら言葉を選んでいた。

包み隠さず話をした方がいい――この男は力になれるかもしれない、と言ってくれたから。


「ご覧の通り、凌辱されたのよ。完膚なきまでにね」


「…二度目だと言っていたな」


「そうよ。はじめても奪われて、二度目もまるで獣のようだった。私の気持ちや私の抵抗なんてまるで無視よ。私の反応を楽しみながら笑ってたわ。目の他にも欲しいものがあるって…」


昨晩の惨事を思い出してぶるっと身体を震わせた凶姫の身体に朔が羽織をかけてやると、朔の匂いがついた羽織に包まれて少し安心したのかふっと息を吐いた。


「何が欲しいと言っていた?」


「さあ。必死に抵抗して短刀を振り回して抵抗してたからそんなこと聞いてないわ。…あーあ、はじめては好きな男に捧げたいと思ってたのに」


「数に数えなければいい」


「え?」


「思いが通じ合っていない男との情事なんか数に数えなければいい。だからお前はまだ汚されていない。まっさらなままだ」


凶姫の唇が歪んだ。

泣きたい時に涙を堪えている時に似ていて、朔が肩を抱いて引き寄せると胸を貸した。


「…あなたやっぱり死にたいのね」


「まだ生きているから大丈夫だ。俺を殺したいならここに来ればいい。俺が必ず息の根を止めてやる」


「ありがとう…月…」


この屋敷は居心地がいい。


緊張の糸が切れた凶姫はそのまま眠りに落ち、朔は身体をゆっくり横たえさせてやって小さな寝息を立てる凶姫の寝顔を見守り続けた。
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