宵の朔に-主さまの気まぐれ-
柚葉が風呂から出てくると、改めてこちらも傷だらけなのが見てとれた。

朔は寝ている凶姫の傍に座っていたが、場所を開けて柚葉を隣に座らせると薬箱を見せてにっこり。


「さあ、まずはお前からだな」


「い、いえ私は…」


「自分で自分の治療はできないんだろう?ほら早く」


有無を言わさぬ笑顔に柚葉がどぎまぎしながら手を差し出すと――手首には明らかに男の手形と思しき痣ができていた。

よほど強く握られたのかうっ血していて色がどす黒く、朔は冷やす効果のある薬草を貼ってその上から包帯を巻いた。

手際が良く、柚葉がちらりと朔を盗み見てその少し伏せた長いまつ毛に一瞬見惚れながら強く目を閉じた。


「ありがとうございます…主さま」


「いいや、もっと早く気付いていればこんなことにはならなかったかもしれない。…怖い思いをしたな」


「…来た時から凶姫を指名してきたんです。私はあの男の顔を知らなかったのでふたりが顔を合わせるまで知りませんでした。…でも凶姫がとても怖がって…とても激高して…それからやみくもに短刀を振るって…私はそれを見てこの男が姫様の目を奪った男なのだと知って挑みかかったんです」


「無茶をする。勝ち目はなかっただろう?」


「勝ち目とかそんなこと考えられなかったんです。とにかく姫様を守らなきゃって…」


「柚葉、忘れるな。お前も姫なんだ。もう二度と同じ行動には出ないと約束してくれ。後で凶姫にも約束させるから」


――ふたりは寝ている凶姫を見つめた。

傷だらけで、泣きたくても泣けない姫――


「兄様、母様が来てくださいました」


「…母様が?」


襖を開けると、そこには何も事情を知らないはずの母――息吹がふんわり笑って立っていた。


「朔ちゃん…会わせてもらえる?」


…朔が脇に退いて部屋に通すと、息吹はふたりの女を見て苦笑した。


「やっぱり朔ちゃんは父様に似たのかな」


失礼なことを言われて、むっつり。
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