リボンと王子様
けれど。

今の私は葛城穂花ではない。

お手伝いさんの葛花穂だ。



不可抗力とはいえ、雇用主に禁じられていた引き出しを開けてその上、ひっくり返してしまった。

雇われたものとして、やってはいけない失態だ。



勝手に見てしまったことへの罪悪感。

酷くぶつけた筈の膝の痛みより、心が痛い。



ノロノロとエプロンのポケットから連絡用スマートフォンを取り出す。

震える指を何とか動かし、千歳さんに電話をかける。

幾度となく聞こえる無機質な呼び出し音。



その時間がとても長く感じられる。

何て謝罪したらいいのか。

ゴクリ、と唾を呑み込む。

手が身体が冷たくなる。



カチャリ、と音がして息を呑んだ私の耳に響いたものは留守番電話のメッセージで。

思わず大きく息を吐き出した。




その後、仕事の合間に何度かけても千歳さんには繋がらなかった。

留守番電話のメッセージで謝罪をすることもメールで謝罪することも憚られた。



壁にかけられた時計は午後五時を指していた。
< 86 / 248 >

この作品をシェア

pagetop