リボンと王子様
ガチャガチャ……。


シンと静まり返った室内に音が響いた。

扉が開く。


その音に、急いで玄関に走った。

「お、お帰りなさいませ」

緊張で小さくなった声を隠すように頭を下げた。


「……は?
何で?」



少し疲れた様子の雇用主は瞠目して私を見つめた。

表情以外は、丸一日仕事をこなしてきた人とは思えない程、黒に近い紺色のスーツは乱れていなかった。



「あ、あの……お仕事でお疲れのところ、大変申し訳ないのですが……お話したいことがございまして……響様に連絡がつかなかったものですから……」


おずおずと私が告げると。


「え?
あー……ごめん。
葛さんのスマホ、会社の引き出しに入れっぱなし」


端正な顔立ちをしかめて、千歳さんは目を手で覆った。



「ってか、もう今、十時前くらいだろ?
まさか葛さん、ずっとここにいた?」



コクン、と小さく私が頷くと。

「マジ……ごめん」

ハーッと大きな息を吐いて、千歳さんは黒の磨きこまれた靴を脱いだ。



「何か食べた?」


リビングに向かいながら、彼は後ろにいる私を振り返って話しかけた。


「あ、いえ……私は、それより響様は?」

「俺はいいから、何か飯食いに行こ」



踵を返して玄関に向かう千歳さんの腕をガシッと反射的に掴んだ。


「ご、ご飯よりもお話したいことがありまして……!」



ギュッと目を瞑って話す私に。

千歳さんは立ち止まった。

< 87 / 248 >

この作品をシェア

pagetop