リボンと王子様
考えれば考えるほど胸が苦しくて。

例えようのない哀しさがこみ上げる。



鼻の奥がツンとして。

喉の奥がひりつく。

浮かびそうな涙を必死に瞬きをして押しとどめる。



「……何て顔してんの」



私の表情の変化に気付いた千歳さんが真正面に立っていた。

困ったように片眉を下げる。



「足、痛むのか?」



俯いて首を横に振る私に。



「……アンタが気にすることないだろ」



そう言って、ポン、と頭を優しく撫でてくれた。

その手はとても温かい。



ああ、ほらヤッパリ。

千歳さんはとても優しい。



千歳さんの『大事なもの』を勝手に見てしまった私を糾弾するどころか。

私の怪我を一番に心配してくれた。

大事なものの説明をしてくれた。



「……どうして教えてくれたのですか?」



あなたにとって大事な思い出を。

私は今、無関係な葛花穂なのに。



「……さあね、気まぐれかな」



サラッとはぐらかす千歳さん。



嘘つき。

今ならわかる。

あなたの不器用な優しさが。



本当は。

私が気にしないように、でしょう?

破損、破損って騒いでいたから。

私の心の負担を考えてくれたのでしょう?



なのに。

わざと意地悪な返答をする。



「……そんな大切なものを落としてしまって申し訳ございませんでした」



本当のことを言えない私も。

必死で嘘をつく。



「……奥様にお伝えして担当を変えていただければ……」



……嫌だ。

本当はここにいたい。

もう少し。

もう少しだけでいいから。

あなたを知りたい。



けれど『お手伝いさん』として失敗してしまったことは事実。

その咎めは受けなければいけない。

本当のことを話せないなら、せめて仕事だけは誠実でありたい。



四年前のあの日。

出会ったあなたは何処か悲しそうで。

穏やかな話し方だった。



あの時は。

あなたが普段、こんな話し方をする人だなんて知らなかった。



再会をしなければ。

あなたのこんな姿を私は知らずにいた。

そのことだけはとても幸運だった。
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