烏丸陽佑のユウウツ


まずい状況だよな。なんで、送って来た人間が、もう俺と一緒に居るんだって話だ。

「何故って事は無いな」

「...え?...」

梨薫ちゃんは返事に困った様子だ。立ち止まっていた俺の方へ部長さんが来ていた。


「梨薫が、鍵が無いからって、慌てて烏丸さんのところに行ったのでしょう。貴方には何かと頼り易いでしょうから。すみませんでした。私がもっと早く気がつけば良かったのですが、探しにというか、送って来てくれたのですよね」

「はい」

誰が聞いても辻褄の合わない話だと解っていた。お互いそれでこの場を収めようとしているのだ。だから、少し気になる嫌味を含んだ言葉があっても、はい、と返事だけをした。

「私...」

梨薫ちゃんが何か言おうとしている。梨薫ちゃんの口から言わせてはいけない。

「良かったな、鍵があって。これで安心だ。じゃあ、俺はこれで」

梨薫ちゃんの言葉に被せるようにして、俺は帰る挨拶をして歩き出した。

「陽佑さん...」

「帰り道です、送りましょう」

「いいえ、俺は大丈夫です。梨薫ちゃん、身体が冷えて寒いと思います。早く温めてあげてください。それでは」

俺は振り向きもしなかった。...妙な言い方になってしまったかな。気遣ったのは余計だったか...。

「梨薫...。車に乗って。...俺の部屋に行こう。こんな時間に帰るって言うから送って来たけど。取り敢えず乗って、温かいから。帰ろう」

「は、い」

帰ろう、か。そんな会話が否応なしに俺の耳に聞こえて来た。この会話は部長さんの牽制だ。



「...梨薫、烏丸さんのところに行った事、俺は怒ってなんかない。心配しなくていいから」

部長はまた両手を握った。右手と左手に温度差がある事は、最初に握られた時に温かい部長の手で直ぐに解っていたと思う。

「...え?」

「報告、というか、ちゃんとしようと烏丸さんのところに行ったのだろ?けじめ、とでも言ったらいいかな」

「...部長。...はい。ちゃんとした、言葉で陽佑さんから聞きたくて。黙って、勝手に行動してごめんなさい」

「陽佑さん...聞きたくてか...」

「え?」

「ん?いや。そうしておきたいって事は解ってたよ。じゃなきゃ、さっき送って来たりしてないさ。...帰さなかったよ。ただ...二人の様子に少し妬いただけだ。それから、有り難う」

「え?」

「ん?...帰って来てくれて、だよ」

...あ。

「はぁ、本当に冷たい...。身体、よく冷えてる。寒かったな...。抱きしめるだけというのも淋しいが。早く部屋に入りなさい」

「え?」

「さっき言ったのは、烏丸さんに牽制したんだ。...梨薫はただの店の客だった、これからもねって意味でね」

「部長...」

「もう、名前で呼んでくれないかな、貴仁って」

「はい、...貴仁さん」

「仕事が始まったら俺たちの事、報告するよ?いいかな?」

「はい」



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