烏丸陽佑のユウウツ


改めて、もう一度抱きしめた。不意をついたつもりだ。俺の身体に抱き込むようにして腕を回して強く抱いた。

「…どうだ」

「…基本はさっきと変わりません。あ…まだドキドキしてますよ?…」

「…そうか…解った。じゃあな」

…はぁぁ…これで、もうよーく解ったよ。

「…あ。え?」


身体を離して店に向かった。

…そりゃあ…ドキドキするさ。こんなモノは雰囲気込みのモノじゃないか。…格闘技じゃないんだから。
ぶつかるように抱いたって、締め上げるような強さで抱きしめたって…。そこにあるべきモノが無けりゃ…。
気持ちの無いドキドキは、ただの現象に対するドキドキだ。

言った矢先にしたってな…。だから、今日はしないって梨薫ちゃんは言ってたじゃないか。

はぁぁ、どうかしてた…。フ、俺も、何だか可笑しくなってるんだな。
梨薫ちゃんの話に上手く揺さぶられて…誘い言葉に乗せられたのか…。そこまで策士では無いか…。あれは純粋に試したいと言っただけだよな。
もう、俺にはどうにもならないって、どこかで解ってるからかな。だから…梨薫ちゃんの言葉を利用して、抱きしめてしまったのか…。
ご飯の心配をすれば母親、抱きしめて…安心すると言われれば、それは…父親か?…。どっちにしろ、それは身内に持つ感覚だ。ときめきは無い。
…フ。何だかもう…俺のした事は自虐ネタが増えただけだな。黒埼君に話したいくらいだ。はぁ、俺とした事が勢いでつまらん事をしたもんだ。…二度もだ。だけど、なんで、梨薫ちゃんはドキドキしたかしなかったか、自分の事は具体的に言わないんだ…。



んー、今日も終わったな。

ネオンの電気を消し、外に出てドアに掛けてあるプレートをゆっくり返した。

こんな時間に帰るのも、また徐々に寒くなるな…。暑い寒いの繰り返しだ。夜は、夏の方がまだマシか。多少の暑さは残っていても、出た途端、寒、ってなるよりいいよな…。

「…ぉ」

…な、に…。いきなりドンという強い衝撃を背中に受け、身体が前に押された。一、二歩小さく足が進んだ。踏ん張った。何の気配も無く後ろから襲われた。硬い物でも当たっていたら刺されたのかと思っただろう。

「…陽佑さん」

背中に衝突してきたソレは、細いラインの身体だと解った。後ろからぶつかるようにして顔を押し付け、腕を回され、梨薫ちゃんに抱きしめられていた。

「はぁぁ……何してる。頼むから驚かせんな…危ないだろ。回された腕が細いと解らなかったら肘打ちでもしてたところだぞ…」

「…これってドキドキする?」

何を言ってる…人の話…聞いてたのか?…。

「はぁぁ…何の遊びだ…今、何時だと思ってる。女が一人でウロウロしていい時間じゃないだろ。帰ったんじゃなかったのか」

「背中から…聞こえる…凄くドキドキしてる…やっぱり…」

耳を押し付けるように頭が動いたのが解った。…はぁ…だから、…帰ってから、また来たのかって聞いてるだろうが。聞いた事に答えろよ…。

「…あのなぁ、いいか?…人間は驚いてもドキドキするように出来てるんだよ。知ってるだろ。一気に鼓動が早く強くなるんだ。俺は今、もの凄〜く驚かされたんだ。ドキドキするだろ。…はぁ、もう…今、店しまってるんだ、帰るぞ。送るから中でちょっと待ってろよ」

回されていた腕を解いた。…もう、試すなって言っただろ…。なのにまた来てまで何してる…。暇つぶしか?何がしたいのか…もう…梨薫ちゃんの事は掴みきれなくなったよ。

「…うん」

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