烏丸陽佑のユウウツ


ぼちぼち、境目...今が情熱的に出来る最後の恋って事だろ?...。

「勝手に思うなら、ずっと一人で、自己満足しながら、傷つかないようにいい方へいい方へ、思い方を変えればいいわ。ま、逃げよね」

本気の恋の一つも出来ないのかって…、臆病者って言いたいんだろ?どうせなら、ぶつかって終わらせろって。

「恋愛は一人でするものではないわよね。…まして気持ちは何らかで表さないと見えないモノ。見えないモノをどれだけ見つめて大事にするか、出来るか。大事なモノにしていくか。この部分が危ういところよね、表現はさまざま、人それぞれ…恋するだけじゃない、恋愛だから」

恋は始められたとしても…永遠が約束されてる訳でもない、恋は恋、恋には当然、終わりもあるって事だろ?

「漠然とした話になったわね。でも…。何を悩んでいるのかしらね、貴方も、あの子も。肝心なところに触れてないだけじゃないの?」

そこは、言われたくないな。解かってる。だけど今はもう、解ったんだ、終わったんだ。ただ探って…終わったようなもんだから。

「はぁ…」

あ、…。

「何よぉ溜め息なんて…」

しまったと思ったけど、後の祭りだ。つい出たんだよ。

「だから…疲れてるんだよ」

もういいから、放っておいてくれないか…。はぁ。

「そう、だったらずっと疲れてなさいよ。そんな感じじゃ疲れは取れないわよ?…じゃあね」

お、…わ。

「な、ば…、何だよ、いきなり。息子に発情してんじゃないよ…」

後ろから首に腕を回されて抱き着かれた…。子供の時以来だな。昔はよく抱きしめられた。こんな風じゃない、前からだけどな。
…母さん…小さくなったな。

「いいじゃない。二人しかいないんだから恥ずかしがらなくても。これは親子の抱擁よ。なんにも…親孝行なんていらない。元気で育ってくれた。居てくれたらそれでいいの。
触れる事は大事、話さなくても、上手く話せないときでも、こうする事で解る事もあるから。大事にされてる、愛されてるって、相手は思ってくれるものよ。…私は世間の親のように貴方を上手く育てられなかった。だけど、上手くできない分、いつもこうして抱きしめていた。こうして、補っていたの。
あと何回させてくれるかしらね。もう無理かしら。…陽佑、昔は泣き虫だった。我儘に生きた私のせいで…ごめんね」

母さん?…。

「確かめもせず、何かを勝手に察知して…諦めるなんて馬鹿よ?男前に産んであげたんだから。疲れたなんて言ってないで、もう無理っていうくらい、当たって砕けてから黄昏れなさいよね、解った?」

解放された。はぁ…あんたに言われたくないよ…。誰かが見たらとんだ歳の差カップルだな…。

「…まあ…適当にな。……じゃあな」


フ…。はぁ、もう…何でたまに来た時に会うかね…。あぁ…向こうが毎日散歩してるからか。ゲンが一緒じゃないなんて珍しいな。
そうだよな。居るべきところに行けば、必ず会うんだよ。
必ず帰って来るから待ってる、は、正解だよな。黒埼君は、本当、頑張っていつも気持ちを態度で現しているんだよ。だから、その直向きさが可愛い。そう思うのも…当たり前だ。思いは伝わってるんだから。伝わってる以上に毎回伝えてる。
そんなに思ってくれる気持ちはじわじわと浸透していくよ…。キスだって、思わずしたくなる気にだって…なるな…。努力してる奴は報われて当然だ。


はぁ、…この場所でこの建物…。いつか一緒に来れる人が出来たらって…、そんな思いで、若い頃、無理して買ったんだよな。何だか知らないけど、あの頃は何かに気触れてたんだよな…。がむしゃらに働いて払い続けた。フ、よく頑張ったよ…。
内装も…まだ居もしない人を思って可愛くしたんだ。…馬鹿だよな。バスルームなんかは特にだ。一緒に入って、夜空の星を見たいと思ったし、窓からは…バスタブの縁に身を預けた彼女に、後ろから腕を回して、夜の海を臨めたいと思った。若かったし想像だけの…欲望の塊、スケベ心だよな、ハハ。だから丸い天窓と大きな窓を付けた。
広いベランダのデッキは、海を見ながらバーベキューも出来るようにしたかったし、並んで横になれるようにもしたかった。希望は全部入れて少しずつ改装したんだ。
また、当分、梨薫ちゃんが店に来る事はないだろう。場合によったら、もう来る事はないかも知れないな…。必要がなくなった場所だ…。
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