烏丸陽佑のユウウツ
「しまって帰るところをすみません」
言葉は発せず、黙ったまま手でカウンターの席を勧めた。俺はカウンターの中に入った。
「…何か、召し上がりますか?」
片付けるつもりの無かったグラスを拭き始めた。
「いえ、申し訳ないが、何も」
「そうですか」
…。
「私は、武下梨薫さんの上司で晴海貴仁と言います」
…部長さんだよな。
「…烏丸と言います」
…。
…何だよ。自分から来ておいて…何も言わないつもりか…。そもそも何で来たんだよ。俺は…貴方達のごたごたには関係無いだろ。
「すみません。梨薫の、…武下さんの話にお名前が出て来たものですから。よく行っていたバーの人とはどんな人だろうと、興味を持ったものですから、こんな時間に来てしまいました」
よく行っていた…。わざと過去形で話しているのか。もう、来る事は無いとか、来させないとか…そんな意味あいか?…。
人が居なくなってしまうのを待っていたんだろ?用はそっちにあるんだ、俺に何を話させる気だ?何を望んで来たんだ。
よく解からない“芽”を摘みに来たのか。
「…確か、最近まで一緒に生活されてたとか」
「あー、ハハ。よくご存じで。…黒埼が話したのですね」
カウンターの上で肘をつき指を組んだ。
「…はい」
ごめんな、黒埼君。
「黒埼も私と同じ思い…。ずっと昔から武下さんの事が好きですから。元の生活に戻って安心してるんじゃないのかな。
…私の部屋を提供したのは偶然です。廊下で二人が部屋の修繕の事を歩きながら話しているのを…後ろで聞いたからです。まだ話している中を割って入りました。…フ。困ってるなら私の部屋を貸そうと」
ふ〜ん。で、思い通りになった訳だ。
「それで、部長室に来るように呼び出して、詳しく話を聞きました」
成る程ね…。黒埼君が警戒する“密室”に、ね。
「聞けば用意された部屋は会社から遠くなるというので、それならそこは置いておいて、私の空いている部屋を使えばいいと…持ちかけました」
まあ、そう言うよな。
「そういう訳にはいかないと断られました。武下さんは、ちゃんとした人だから。部長の部屋になんて駄目だと。
無償提供されるのも困るし、それに人の目があるから迷惑が掛かるとまで言われてしまいました」
…。
「私は…別に構わないのです。誰にどんな事を言われようと一向に構わない。だから気を遣う事は無いと…強引に決めたようなものでした。
…選択肢が増えない内にと思って」
…。
まあ、好きなんだから。一緒に居られる時間も出来る訳だから、よく解からないところに行かれるより、自分の部屋なら安心。
困ってるなら、尚更、いいだろうと言う。…だよな。